シネマ感想文11〜見えない芸術

映画製作の重要な工程に編集作業というものがあります。映画の本場アメリカでは映画編集とは「見えない芸術」ともいわれ、編集の出来栄えが優れているほど観客は違和感なく映画に惹きこまれるため編集の価値というものに気付かないそうです。そんな気付かない映画ファンでも編集というものに必ず興味を持つのが、映画の劇場公開後に改めて製作される〈ディレクターズカット版〉や〈完全版〉といわれる再編集作品ですね。とくにハリウッド映画では伝統的に最終的な編集権を映画の製作者であるプロデューサーが有し、上映時間の短縮など商業ベースの編集がされるため、一定期間を経て作品の評価が定まったあと監督(ディレクター)自身が納得のいく形で再編集したものを再公開したりソフトリリースすることが多いようです。

ところが監督をはじめ映画製作者が完成作と認めて試写会まで終えたにも関わらず、公開直前に再編集を余儀なくされた作品があります。

『ボーン・アイデンティティ』
(2002年、アメリカ映画)

主演マット・デイモン、監督ダグ・リーマン、原作はロバート・ラドラムのスパイスリラー小説『暗殺者(The Bourne Identity)』。記憶を失った男ジェイソン・ボーンが何者かに追われながら自分が何者なのかを探る諜報サスペンスアクション映画。

この作品が完成し試写会が行われた数日後の2001年9月11日、アメリカ同時多発テロが発生したために映画関係者は作品の仕上がりを大幅に見直す必要に迫られました。事件を連想させる場面はNGです。その結果クライマックスの爆破シーン、冒頭シーンなどがカットされることになり公開日も長期延期になりました。そして事件の影響を杞憂しながら迎えた2002年6月の劇場公開版オリジナル作品の冒頭シーン。

嵐の海上を漂う人影
マルセイユ沖100km
通りがかった漁船が
海面の救助灯の点滅に気付き
瀕死の男を助け上げます

この映画のDVDソフトには変わった工夫がされており、劇場公開版と9.11前の完全版のどちらかを選択して鑑賞することができます。そして完全版を選んでみると、冒頭のシーンは海上ではなく港町で人を捜すジェイソン・ボーンから始まります。比較してわかりました。冒頭のシーンは劇場公開版の〈海上〉でなければなりません。その理由は、説明不足であることがボーン・シリーズの真髄だからです。

優れた編集には気付くことができない一映画ファンの感想です。

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