シネマ感想文⑩〜手紙

『グリーンブック』
(2018年、アメリカ映画)

実在の人物でジャマイカ系アメリカ人のピアニストであるドクター・ドナルド・シャーリー(マハーシャラ・アリ)とシャーリーの運転手兼ボディガードを務めたイタリア系アメリカ人のトニー・バレロンガ(ヴィゴ・モーテンセン)によって1962年に実際に行われたアメリカ最南部を巡るコンサートツアーを描く伝記ヒューマン映画。

博学で天才的なピアニストであるシャーリーとがさつで無学だが心優しいトニー、人種も考え方も違うためにお互いを相容れない二人が8週間に及ぶコンサートツアーを無事乗り切ることができるか、というストーリー。

この映画を観ていると様々な小道具がとても効果的に使われていることに気付かされます。
KENTのタバコ、豪奢な玉座、スタインウェイのピアノ、ウィスキーのカティサーク、ヒスイの小石、ケンタッキーフライドチキン、見えない拳銃、高価なスーツ・・・
これらのすべてが二人の性格や心情の変化を表していたり、笑いの起点であったり、伏線回収のキーであったり、あるいはそうではないと煙に巻いたり。そして何をおいても作品の重要なアイテムとなるのが〈手紙〉ですね。

この映画のもう一人の主人公、トニーの妻ドロレスから「行く先々で手紙を書いて」とせがまれたトニーは旅の道中、愛する妻を想い拙い文章ながら健気に手紙を書きます。

〈オハイオ〉

ー 愛するドロレス
元気かい?俺は元気だ
食事は主にハンバーガー
毎日ちゃんと食ってる
今夜ドクが弾くピアノを聴いた
黒人っぽくなくリベラーチェのようで
もっと上手い
あいつは天才だ
車のバックミラーで見る彼は
いつも何か考えてる
それが天才なんだろうが
楽しそうじゃない
お前がとてもとても恋しい

〈アイオア・シーダーラピッズ〉

ー 愛するドロレス
今朝はステーキと卵を食った
演奏会場はやたらリッチな場所だ
ドクとは気が合うが
時々落ち込むので
それで酒を飲むのだろう
この国がこんなに美しいとは
今まで知らなかった
いつも聞いてたように自然がすばらしい
車も少なくて俺にはありがたい
だがスパゲッティは
ケチャップをかけた中華麺だ
もうじき南部だ
着いたらまた手紙を書く
お前を愛してる
トニー
追伸 子供たちにキスを

〈ケンタッキー〉

ー Deer(=鹿、誤字)ドロレス
訪ねる先で街のお偉方に会ってる
難しい言葉を使う連中だ
俺は得意のデタラメでかわしてる
チップスを食いながら書いてるので
ヤケにのどが渇いてきた
靴下を洗いテレビで乾かした
アイロンを置いてきたのが悔やまれる

ー 愛するドロレス
君を想うと
アイオワの美しい草原が目に浮かぶ
僕らを割く距離が気を滅入らせる
君のいない時間と経験は意味がない
君との恋は前世からの運命だ
誰よりも大切な君
生きてる限り君を想い続ける
君に出会った幸せ
幸せは今日も
命の尽きるまで僕と共にある
追伸 子供にキスを

〈ジョージア・メイコン〉

ー 木々の葉は落ちて
灰色と茶色に変わった
白い雪が木の枝に積もり
おとぎ話の世界のようだ
待ち遠しい
君をこの腕に抱きしめる時が
君を愛してる
追伸 子供にキスを

〈アーカンソー、ルイジアナ、ミシシッピ、アラバマ・バーミンガム〉

ー 愛するドロレス
君は「家」に似ている
明かりが灯ってて
幸せな家族が暮らしてる

ドロレスはトニーの手紙があるときからトニーとシャーリーの共同作業で書かれていることに気づいていました。教養のないトニーには到底書けない美しい文章。ドロレスは手紙の内容よりも、トニーとシャーリーの関係が良好になっていることのほうがたまらなくうれしかったようです。しかし映画には描かれていませんがドロレスはひとつだけ誤解しています。

最後の手紙はシャーリーが「いい手紙だ」と言って何も手を加えなかったトニー自身が一人で書いた手紙です。そして観客はエンドロールを迎えたとき、そのことをやがて知るであろうドロレスのうれしそうな表情を思い浮かべて幸せな気分になります。

もしかしたらこのエンドロール後の観客の思いまで計算されていたのではと思わせるほど作品の隅々まで心配りがされたピーター・ファレリー監督の見事な演出でした。

お問い合わせ
PAGE TOP