弘法筆を選ばず

ひとつの〈ことわざ〉について、あれこれ考えを巡らせてみるシリーズです。

今回は、

弘法筆を選ばず

ー「書の達人であった弘法大師は、どんな筆であっても立派な書を書いた」との言い伝えがもととなり、名人や達人と呼ばれる人は、道具や材料の良し悪しなどは問題にせず、どんな道具でも見事に使いこなすという意味のことわざ。

学生時代、仲間とスキーに出掛けることがあり、その中の友人のひとりは、ゲレンデの人々の注目を浴びるほどのスキーの腕前です。ところが彼は自前のスキー板は持っておらず、毎回スキー板と靴をその場でレンタルします。彼曰く、どんなスキー板でも上手く滑りたいからとのこと。つまり自分に合うスキー板を選ぶのではなく、あらゆるスキー板に自分の感覚を合わせる。ということでしょうか。

このことは〈弘法筆を選ばず〉の本質を突いているといえそうです。弘法の〈筆〉は書を書くための単なる〈道具〉だけではなく、与えられた〈条件〉置かれた〈環境〉と置き換えることができます。様々な悪条件、厳しい環境下であっても、最大限の能力を発揮できるよう、敢えて自らをその状況下に置いてみることは、技術やメンタルをより高めるための重要な心構えといえます。

社会生活においては、自分に都合の良い〈筆〉が選べない状況が多々あります。仕事や家庭、そしてこのコロナ禍。そんな時こそ、気に入らない〈筆〉を嘆くのではなく、自らを向上させる好機と捉えて、あらゆる〈筆〉を手に取る勇気を持ちたいものです。
人間関係も同様といえます。「あの人はアカン」とダメ出しする前に、「あの人と上手く付き合えない自分はアカン」と自らを見つめ直すことも大切かもしれませんね。

つまり「スキーはレンタルで」と締めくくりたいところですが、ひとつだけ注意したいのはゴルフコンペに借り物のクラブで参加するときですね。

万が一ベストスコアをたたき出してしまうと〈嫌み〉になりかねません。

これは〈弘法も筆の誤り〉となるので肝に銘じておきます。

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