作詞の世界⑦ 〜 友人からのメール

「感謝、仕事、欠席、次回、よろしく」

これはある友人から送られてくるメールの本文です。まことに独特であり主語・述語というものがほとんどなく、毎回単語のぶつ切りでメッセージを伝えてくれます。「何が言いたいのかわからん」と声を上げたいところですが、食事会の誘いに対する回答だとすれば、悔しいかな彼が伝えたいことはすべて理解できます。それどころか余計な言葉は一切ないため簡潔でわかりやすくストレートに要点が伝わってくる完璧な文章ともいえます。そんな彼からのメールを読むたびに思い出す昭和歌謡の名曲が、

『よこはま・たそがれ』
作詞:山口洋子 作曲:平尾昌晃
唄:五木ひろし、1971年

よこはま たそがれ ホテルの小部屋
くちづけ 残り香 煙草のけむり
ブルース 口笛 女の涙…

裏町 スナック 酔えないお酒
ゆきずり 嘘つき 気まぐれ男
あてない 恋唄 流しのギター…

木枯らし 想い出 グレーのコート
あきらめ 水色 つめたい夜明け
海鳴り 灯台 一羽のかもめ…

この曲の歌詞も友人からのメールのように、サビの一節以外は主語・述語がなく、情景をあらわす単語をコマ切れにして並べている、ただそれだけ。ところが不思議なことに、このコマ切れの単語と単語の間にある〈余白〉のところに聴く者は「見えない言葉」「言葉にならない言葉」を感じ取り、その言葉と言葉をつなぎながら情感あふれる風景をイメージして物語を紡いでいく。これが山口洋子さんの歌詞の世界。昭和演歌を代表する傑作の一つに間違いありません。

もしかすると現代の若者たちは、この『よこはま・たそがれ』を聴いて「何が言いたいのかわからん」と言うかもしれません。それは仕方のないことでもあります。私もこの歌詞の素晴らしさに気付くのに長い年月がかかりました。友人からのメールを理解するのと同じように。

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